SECRET "JACK OR JIVEとPETER GREENAWAY監督が会談"
by chako




1994年の暮れに、ピーターグリーナウェイの「枕草子」の撮影が京都で行われました。
当時東京のスタッフや役者も京都入りし、エキストラは広告などで募集をしていました。
友禅作家の井上清造氏はこの広告を見て我が家の近所での撮影で、
しかもグリーナウェイ作品に!!と応募し、見事エキストラ出演する事になりました。

彼の風貌は歌舞伎役者のような、または麻呂のような(笑)とにかく「・・・おじゃる」が良く似合うルックスで、
監督も東京から来た若手の役者を差し置いて、井上氏を起用しまくっていたそうです。
スタッフとも打ち解けた井上氏は、「この日本のシーンはどんな音楽を起用するんですか?」と尋ねました。
スタッフは「あ・・・日本のシーンの音楽は考えてなかった;;;;」と言い、
そこで井上氏はJACK OR JIVEのCDをスタッフに渡してくれました。
「監督が気に入るかどうか分からないけど、聴いてもらいます。」と言い、監督に手渡されました。
私たちはそんな話も電話で井上氏より聞かされて 「えぇぇぇぇぇっっ!!!」 と驚きまくっておりました。
実は私たちもグリーナウェイ監督作品は見ておりましたので、
まさか彼の耳に私たちの音楽が届くなど想像もしていなかったからです。

そしてまた数日後に、「監督がどうしても逢いたいって言ってるから、なんとかして来て!」と
井上氏から連絡がありました。
当時1995年1月は、私たちの住む兵庫で阪神大震災のため交通は麻痺し、
京都まで行くのに北を走るJR福知山線で、5時間かけて行きました。
監督との待ち合わせ場所は、京都ホテル。
しかし、彼はなかなか来ません。(笑)
スタッフの説明では好奇心旺盛な監督は、大阪難波から電車に乗って帰る!と言い放し、
気のみ気のままひとりで帰って来ておりました。

数時間後私たちと監督、通訳、井上氏と5人でホテルのカフェで色々なお話をしました。
「わたしは本当は、絵描きになりたかった。わたしの映画は、
内容はどうでもいいのだ。映像を絵のように写したいだけなんだ。」
そう監督は紅茶をすすりながら恐い表情で言いました。
私たちはさすがイギリス人・・・ここは紅茶で締めくくるのか!とまた感心。(笑)
そして 「きみの高い声はステキだ」とも言って頂けました。(笑)
しかし、当時POPサウンドとヘビーサウンドを区別したCDを出していた為、
このことで監督は「なぜそんなことをする必要がある!?」と強く批判してきました。
「・・・・・・・・」この返事には困りました。(笑)たしかに彼の言う通りです。
リスナーの立場を考えれば、POPなものを好む人もいれば、ヘビーなものを好む人もいます。
JACK OR JIVEはポップな曲もあれば、魔術的なヘビーなものもあるため、
分けたほうがいい!選びやすいという結論に至ったので、そういう形をしただけなのです。
この事を監督に話すと、
「自分たちが一番やりたいことをすべきで、なにも選ぶ側の立場に立つ必要性などないんだ。」と
ものすごい形相で語っておりました。
たしかに、彼の作品・・・枕草子も含め、妥協がない部分は強烈に感じます。
キリスト教徒ではない私でも、ベイビー・オブ・マコンは、気持ち悪くなりました。(笑)

彼の真意・・・妥協しない、つまりは ” あきらめない ”。
この気持ちは自分自身にも刃を突きつけ、時には相手にも突きつける。
暴力的ではない狂気を感じました。
監督との会談で、なぜ彼があのような映像を撮り続けるか、数時間過ごしただけで感じ取れました。
私たちにとって、本当に貴重な体験でした。

ここでオチもあるのですが、この会談の目的でもあった、
JACK OR JIVE もついに映画音楽か?!は無謀にも砕けてしまいました。
まず、助監督が出演者である 緒方 拳 の知り合いの音楽家を起用することによって、
緒方 拳のギャラを低価格で勘弁してもらうとお約束をしていたそうです。(笑)
そのまたオチで、最終的には、その音楽家も起用されず、
コラージュミュージックで日本のシーンは賄われておりました。
さすが、グリーナウェイ監督です。
我が道を行くですね。(笑)


PETER GREENAWAY監督とは?