INTERVIEW 〜 フランス音楽雑誌 " D-SIDE " インタビュー (2000年12月) 〜



D-SIDE Prikosnovenie からレコードを出すきっかけは何でしたか?
Prikosnovenie のほうからコンタクトをとってきたのでしょうか?

chako Prikosnovenie からオムニバスに参加しませんか?という依頼がきたのがきっかけです。
オムニバスに参加してみて良いレーベルだと感じました。


D-SIDE あなたがアルバムでとりあげたテーマはおおむねスピリチュアルなものを想起させます。
間違ってはいませんか? KISMETの主なるテーマは何でしょうか? 
この美しい言葉の語源を教えてもらえませんか?

chako はい。私達がアルバムで取り上げるテーマは スピリチュアルなものです。
KISMETのテーマは、私達が音楽を10年以上続けていく中で出会った様々な人を思い出し、
この巡り会いの不思議さを感じていました。
20世紀最後そして21世紀に向かっていく途中で生まれる作品として、
このアルバムは、そのような不思議さの気持ちを集約させたアルバムなのです。
この作品の日本語のタイトルは、縁と決まっていました。
昔の日本の習慣で縁を大切にするというものがあり
この瞬間瞬間に出会うべくして出会ったものすべてに、何かの意味が隠されているように感じるのですね。
JACK OR JIVEの音楽を聴くことになるフランスの人達とも不思議な縁を感じています。
そこで、知人に相談しこの意味に近い英訳をしてもらったのがきっかけでした。


D-SIDE アルバム「無常」はヨーロッパについてでしたよね? 
われわれの大陸のどこがあなた達を惹きつけるのでしょうか?
今までヨーロッパで演奏したことはありますか?

chako 「無常」の1曲目は確かにヨーロッパについてなのです。
「無常」とは「常ならず」という意味なのですが、当時ヨーロッパではベルリンの壁の崩壊や
ルーマニアの社会主義崩壊など社会情勢も大きな変動を遂げていました。
その変動を「無常」の象徴として1曲目に「a march for new European」を持ってきたのです。
ヨーロッパ大陸にはそれぞれの素晴らしい文化があり、それを大切にしているところが素晴らしいです。
私達がヨーロッパで、演奏したのは1992年・1994年・1998年・1999年の4年です。
全てにドイツでの演奏でした。 また、来年2月の上旬にはフランクフルトでのLIVEを企画しています。


D-SIDE "The Earth" はあなた達の唯一の平和で穏やかなアルバムであると 思います。 
しかし、KISMETは内省的でメランコリーな方面に回帰 しているように思えます。 
このことについて 同意しますか? また、この転向についてどのように説明しますか?

chako 「THE EARTH」は、これまでの私達の集大成的なアルバムです。
平和ではあるのですが、激しい一面もありますので、穏やかではないでしょう。
「KISMET」は確かに、私達の新しい方向性の第一弾だと思っています。
全体的に静かな印象が残りますが、わたしには時にこのアルバムは
精神を研ぎ澄ますような感触を覚えるのです。


D-SIDE あなたのCDのジャケットのアートワークは共通の儚いパターンに従っており、
なんらかの論理によって統合されているように思えます。 
ジャケットをどのように製作するか教えてもらえませんか? 
4ADと Vaughan Oliver について どう思いますか? 彼らから影響を受けましたか?

chako アルバムのジャケットは着物の伝統的な染め物をしている作家 井上清造氏に作品を聴いてもらい、
アートワークを作ってくれています。 彼は私達をとてもよく理解してくれていますので、
安心してお任せしているのです。 レイアウトはわたしがしています。
同じパターンにすると、印象深さが増すと感じたのでそうしています。
4ADについても、Vaughan Oliverについて実は詳しく知らないので、 コメントは差し控えます。


D-SIDE アーティスト間の相互作用という形式において、
どのアーティストから インスピレーションや影響を受けたと思いますか?

chako PUNKでしょうか。
表面的ではなく、彼らが当時疑問を投げかけたあの姿勢にとても共感しました。
直接的な影響を受けたアーティストはいないと思います。


D-SIDE 昔、Chako は自分の歌い方は独学したものだといいました。
それでは、あなたは、自分の歌声は自分の内面の反映であり、
あなたの内面と共に育って深化していくものだと思いますか?
あなたは内的世界をさらに深く、深く探求していっているように 思います。

chako まさにその通りです。あなたにそのように言ってもらってとても嬉しいです。
歌い方だけでなく、演奏も全て独学で行っていますが、 内面の深化には演奏技術やまた歌の技法などは、
そんなに重要ではないんですよ。
わたしにとっては、それよりも精神的なものへの追求を音で表すことの方が
関心があるのです。
確かに技術を向上させれば幅も出来るとは思うのですが、

その鍛練によって自分が100%内面を向上できるかといえば、 わたしには疑問が残るのです。
ですから、日々における生活において常に関心事を見つけそれを音に変化させていくのだと思います。


D-SIDE あなた達の作品の中で、Chakoのヴォーカルは(音楽の部分に対して) 極めて優勢ですが、
作曲する過程においてヴォーカルは最初につくられるのですか?
それとも音楽が完成してからつくられるのですか?


chako ヴォーカルはバックのラインが出来始め、そこから歌に移行します。
時と場合によって早めに歌を入れたり、一番最後に入れる時もあるのでこれと言ったルールはなく、
自分のフィーリングに任せています。


D-SIDE あなた達の音楽は極めて視覚的です。依頼があれば映画のスコアを製作したいと思いますか? 
デビッドリンチについてどう思いますか? 
あなた達の音楽は時々ツインピークスの雰囲気を想起させます。

また、ツインピークスのサウンドトラックまで 想起させます。

chako わたしは常々映画音楽を制作したいと思っています。
わたしの音楽は、視覚的なものとマッチすると思っています。

なぜならわたしが作曲する過程において、わたしの心には
さまざまな風景や人物などが浮かんでくるからです。

未だ出会ったことのない人物などが出てきたりするのですから不思議ですよね。
映像に興味があるので、コラボという形でLIVEでVJグループの光学姉妹と共演したりしました。
これは私達にとっても画期的な試みでした。
デビットリンチでは、「エレファントマン」を見て号泣しましたね。
あの難しい問題提起を見事なモノクロの世界で繰り広げた彼のセンスには参りました。
私達は1995年にピーターグリーナウェイ監督と1度お会いし音楽や映画のお話をしたことがあるのですが、
その時からはっきりと強く映画音楽をしたいと思いましたね。


D-SIDE Jack or Jive のステージについて少し教えてください。 出演料はいくらですか? 楽器は使用しますか?

chako 企画した方が支払われる分は、素直に戴いています。
しかし、私達からの金額の指定や要求は一切したことはありません。 気持ちだけで十分なのです。
楽器は主にシンバルや笛などのサブ的なものしかLIVEでは使用しません。
基本的にはDATで音のベースを流すスタイルをとっています。


D-SIDE ソロプロジェクトについていくつか答えてください。
Jack Or Jive 名義の作品とソロプロジェクトの間にはどのような変化をつけていますか? 
Jack Or Jive ではできない、どのようなことをソロでやっているのでしょうか?

chako 基本的にJACK OR JIVEは2人で行っています。
演奏や歌などはわたしが行い、MAKOTOはミキシングや音のサポーター的存在です。
一緒に模索しながら曲を選んだり変化をつけたりしているのです。
ソロについては、もっと個人的な位置になり、JACK OR JIVEでは
あまり出さない女性的なイメージを強調したもので、

今まで1枚しか出していませんが、女性的なイメージのアルバムタイトルをつけました。
ソロでのレコーディングは全てわたし個人の趣くままにさせてもらいました。


D-SIDE 多くのフランスのバンドが日本でも人気があるように思います。
あなたの好きなフランスのアーティストは誰ですか?

chako わたしはあまりROCKやPOPミュージックを多く聴いていません。
だから、フランスのバンドについてもあまりよく知らないのです。
ただPrikosnovenieのIRISシリーズの作品は彼らから送ってもらい、 好んで聴いています。


D-SIDE フランスのバンドの日本での人気に対して、
なぜフランスでは日本のバンドがそれほど知られていないと思いますか?

坂本龍一や、その他のメルツバウ、K.K. NULLといった アンダーグラウンドや実験的な音楽を除けば、
たぶんあなた達がフランスやその他の地域でもっとも有名な日本のアーティストであると思います。

chako 最もインディーという音楽の世界が日本では閉鎖的になっていっています。
80年代は海外からの影響もあって、さまざまな音楽が日本でも繰り広げられていました。
しかしそれからのち、音楽の世界が商業主義に過剰に走ってしまった所があって、
日本の音楽家の希望は商業主義にごまかされてしまったように感じています。
本当に個性的で、確固たる信念がある者にとっては非常に活動しにくい土壌が
日本には今根深くなろうとしています。

それに反発心を覚える音楽家達はこれから徐々に増えてゆくと思います。


D-SIDE Jack Or Jive の活動を10年間続けて得られた収穫は 何ですか?

chako そうですね、この10年にはさまざまな人との出会いがありましたね。
その出会いを通じ私達の心はとても広がりを見せ とても豊かにさせてもらったと思っています。
それに伴って音楽も深化していってると思っています。


Special thanx translate by Yakamoto